STAXのSRD-7をプロバイアス仕様に改造


 

 






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 STAX社のコンデンサ型イヤースピーカー(ヘッドホン)を鳴らすには、同社がドライバーと呼んでいる専用のアンプが必要です。現在は半導体や真空管とのハイブリッドアンプのみが販売されていますが、1970年代までは「アダプター」と呼ばれたトランス昇圧方式が主流で、SRD-7はそのフラッグシップ機種でした。
 なかなか良い音が出るんですが、イヤースピーカーへ供給するバイアス電圧がDC160V程度と低いため(当時はこれで十分だったらしいが)、技術改良が進んでプロバイアスという580V程度の高圧が必要な近ごろのイヤースピーカー(SR-ΛPro以降の機種)に対しては、その能力を十分引き出すことができません。

 そこで、ぺるけさんのトランス式USB-DACでトランス昇圧の魅力を堪能させてもらったこともあって、SRD-7にDC560Vのプロバイアス機能を付け加えてみました。わずか数百円のパーツで、結構なお値段の専用ドライバーに十分太刀打ちできる音色が得られます。

【SRD-7について】

 SRDシリーズは1960年のSRD-1に始まり、1985年発売のSRD-7/Mk2で幕を閉じました。いずれも、パワーアンプの8Ωスピーカー端子と繋いでその出力をトランスで増幅、イヤースピーカーを駆動する方式。本体背面にスピーカー端子があり、パワーアンプから外したスピーカーのコードをこっちに繋いでフロントパネルのスイッチでイヤースピーカーとスピーカーを切り替える仕組みになってます。

<訂正>SRD-1はトランス昇圧ではなく、パワーアンプのプレート出力を1次側から直接取り出す仕組みのようです。失礼しました。(2018.01.15)

 1971年に誕生したSRD-7は、SRD-6までの機種よりトランスが大型化されるなどして周波数特性や歪み率などが大幅に向上、価格は8000円でした。当時の大卒初任給は3万円程度でしたから、なかなかいいお値段でしたね。今でもネットオークションに結構登場してます。

 カタログによると、主な仕様は以下のとおり。 
   

最大入力 連続8W ※1kHzで
周波数帯域 10Hz〜30kHz ※±1.2dB
歪み率 0.05%以下 ※50Hz/1W
0.02%以下 ※1kHz/1W
0.05%以下 ※10kHz/1W
電源 AC100-240V ※50/60Hz
消費電力 0.1W
サイズ W73×H120×D215mm

【回路図】

 ネット検索でいくつか不鮮明なものが見つかりますが、製造時期の違いによるものなのか、微妙に異なる部分があります。なので、現物から回路図を起こしてみました。


 見てのとおり、回路は極めてシンプル。回路図は現状で電源スイッチOFF(外部スピーカーから音が出る)状態で、スイッチONにするとイヤースピーカーに切り替わります。SRDシリーズは、部品の違いはあっても、基本はこの回路構成で作られているようです。

 キモとなるのは昇圧トランスですが、製造元、型番やインピーダンス比など記載が一切ない「名無しの権兵衛」。プッシュプル用出力トランスを1次2次逆に使ったような感じで、サイズはW67×H55×D45mm位と、春日無線のOPT「KA-14-54P」と同じくらいです。

 回路から外してトランス単体で実測してみると、1次側への100mV(1kHz)入力に対して2次側には5.25Vが現れ、10%程度の損失を考慮すると、このトランスの巻き線比は1:57〜58程度と思われます。しかし、実際の回路では過大入力防止用と思われるPTCサーミスタ(BD4R7M)によるロスも生じるので、総合的な増幅度は約43.2倍でした。

 コストを抑えるため電源部はトランスレスで、ケースはGNDから浮いてますが、聴感上とくにノイズはありません。

 SR-1など初期のイヤースピーカーのバイアスは、DC160V位までしか印加できなかったようです。AC100Vを整流して得るには中途半端な電圧ですが、ここでは双方向ツェナーダイオード(Z1082)と倍電圧整流回路で巧妙にひねり出してます。


 まずZ1082でAC100V正弦波の上下アタマ部分をちょん切り、ピーク値が80V位の交流に仕立てます(右画像)。これを整流ダイオード(SH-1)と電解コンデンサから成る倍電圧整流回路に入れて、ピーク値の2倍の約160Vを発生させるという仕組みです。

【どう改造するか】

 SRD-7アダプタの中身がわかったので、そこからどうやったらDC約580Vのプロバイアス電圧が得られるか、を検討します。

 最も簡単で確実なのは、1次側100V:2次側200Vの小型電源トランスを入れて倍電圧整流で約565Vを得る方法ですが、残念ながらSRD-7にはそのスペースがなく、コストもかさむのでボツ。

 電源は100Vしかないし悩んでいたところ、ふと思い出しました。「確か、コックなんたらちゅう、いくらでも電圧を増やせるけったいな回路があったような・・・」。
 ネット検索すると、ありました。コッククロフト・ウォルトン回路。2個ずつの整流器とコンデンサをワンセットとし、セットを積み重ねれば重ねるほど、どんどん高電圧が得られるそうな。なんでも、スタンガンはこの応用とかで、これだと8P平ラグに収まるし、コストも僅か。作るのは初めてですが、やってみましょう。



 ミシン囲い部分が増設するコッククロフト・ウォルトン回路と、プロバイアスに伴う付帯回路。並列接続されていた160Vバイアス(ノーマルバイアス)コネクタの片方をプロバイアス専用として利用します。

 コッククロフト・ウォルトン回路は2セット分の整流ダイオード1N4007(4個)と0.1uF/250Vフィルムコンデンサ(4個)で構成され、理論上はAC100Vのピーク値(141.4V)の4倍のDC565VがR8(2.2MΩ)に出力されます。負荷があると電圧が急激に下がるらしく、電流は取り出せないと考えた方が良いようですが、イヤースピーカーは100pF強のコンデンサ負荷なので、想定電圧がほぼ得られるはずです。

 SRD-7アダプタの元々の回路は、R6(4.7M)を介して両方のコネクタに供給されている160Vバイアスを片方のみにする以外は、変更の必要はありません。

【製作の栞】

 @ まず、コッククロフト・ウォルトン回路など増設する全てのパーツを8P平ラグに組み付けます。


 完成したらAC100Vを印加、デジタルテスターやデジタル・マルチメーター(DMM)をDCレンジにセット、テスト棒の赤を上画像の「DC565V」に、テスト棒の黒を「トランスのCT」に当てて、予定したDC電圧が出るかどうか確認しておきます。

 普通のデジタルテスターやDMMではDC200V〜500V位しか表示されませんが、それで正常です。デジタルテスターやDMMのDC高圧レンジの内部抵抗は数MΩからせいぜい10MΩなので、直接測定するとこの回路が定格電圧を維持できる以上の電流(といってもせいぜい数十μA程度ですが・・・)が流れ、電圧が大きく下がってしまうためです。

 この回路では、負荷が40MΩ以上であればほぼ正確な電圧を測定できます。内部抵抗がマニュアルに記載されているデジタルテスターやDMMなら、40MΩに足りない分(たとえば内部抵抗10MΩのDMMの場合は30MΩ)の抵抗を用意、「DC565V」―30MΩ―テスト棒の赤―DMM―テスト棒の黒―「トランスのCT」と繋ぎ、DMMの表示電圧を分圧計算式に従って4倍すれば本来の電圧が求められます。

 ※ 私のDMM(内部抵抗10MΩ)では直接計測499V、30MΩ(誤差±1%)を介した計測140V、計算値は140×4=560Vと妥当な値が得られました。
 A 電圧に異常がなければ、タカチの貼付ボスなどを使って2個の昇圧トランスの上に平ラグを取り付けます。
 B 2個あるイヤースピーカーのコネクタのうち、正面パネル裏側から見て右側を以下の手順でプロバイアス専用とします。

 左側コネクタから来ている緑の被覆線(右画像の白矢印)が、右側コネクタ中央とその外側にある計2本のピンにハンダ付けされているので、これを外します。

 外した緑の被覆線は160Vバイアスラインなので、むき出しになった先端の撚り線部がケースなどに触れてショートしないように絶縁チューブをしっかりかぶせておきます。

 緑の被覆線を外した2本のピンのうち、外側のピンに600V耐圧の被覆線を半田付けし、平ラグの「DC565V」端子と繋ぎます。


 ※ 左側コネクタをプロバイアス専用にしても一向にかまわないのですが、そっちは半田ごてが入りにくいので作業が大変です。 
 C 平ラグへのAC100Vラインなどを既存の基板部から引き込みます。


 基板の右端青○から、被覆線(赤)で左画像平ラグの手前列右から二つ目端子(AC100V)に接続。


 基板右から二つ目の青○から、被覆線(灰)で平ラグ奥列「トランスのCT」の隣の端子(AC100V)に接続。


 基板上部青○から、被覆線(緑)で「トランスのCT」端子に接続。


 ※ 平ラグの手前列左から二つ目端子の太い赤コードが、プロバイアス・コネクタに繋がるDC565Vライン。



 これにて改造工事は無事終了です。

【雑感など】

 以下は新設したプロバイアス・コネクタにプロバイアス用イヤースピーカーを繋ぎ、常用機にしている直熱3極管差動PPパワーアンプ(4・5W+4・5W)を入力源にして聴いてみた所感です。

 従来のノーマルバイアス+プロバイアス用イヤースピーカー組み合わせとの顕著な違いは、音量と音のキレ。ノーマルバイアスでは、普段聴きの音量を得るにはパワーアンプのボリュームを15〜16時まで上げる必要があったのですが、プロバイアスだと12時前で十分です。感覚的には3〜4倍大きく聞こえるような。

 ノーマルバイアス接続に比べ、音のキレが非常に良くなって、春霞の風景を見ているようなもどかしさが一切無くなります。STAXの注意書きに「(プロバイアス・イヤースピーカーを)ノーマルバイアス用コネクタに挿入した場合、音量が小さくなり、音がソフトになります」とあるとおりでした。
 STAX専用ドライバーとの比較でいうと、入門機とされるSRM-252Sが相手なら音質、低・中・高域のバランス、空間表現、見通しの良さなど多分すべての面で上回ると思います。

 STAXが標準機と位置づけていたSRM-313とはかなり競り合うものの、高域のみずみずしさと分解能、低域の音量、音の自然な広がりなどはSRD-7が一歩抜きん出ており、「ドイツレクイエム」のような合唱曲だと当方の駄耳にもその差がよくわかります。音のシャープさではSRM-313がやや上手のよう。

 ハイエンド機種は持ったことも、静かな環境でじっくり試聴したこともないので、ノーコメント。

  ※誤挿入防止用にラベルを貼っておこう

 
 STAXのシステム(イヤースピーカー+ドライバー)は結構なお値段なので、良質(高価という意味ではありません)なパワーアンプがあれば、オークションで結構出回っているアダプターをプロバイアス改造して対応するのもひとつの手かなと思います。ただ、SRD-6までの機種は周波数特性や歪み率がSRD-7よりかなり落ちる(カタログによれば)ので、あまり期待できないかも・・・

 (2018.01.05)


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